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2006年04月28日

三宅島産業再生研究会




 2000年の噴火で甚大な被害を被った三宅島の産業。次年に避難解除がなされるであろうことを念頭に置き、地元民間企業が中心となって三宅島産業再生研究会を発足させた。(7min,Oct/2004,by T.Tatsumi)

 

 実は三宅島産業再生研究会の活動については、他にも色々取材させてもらった。
 三宅島の火山灰と伝統工芸品「江戸切子」の技を掛け合わせて生まれた「江戸三宅硝子」
 火山灰を釉薬に混ぜることによって独特の色合いを出す「御焼焼き」
 これらはいずれも腕の確かな職人さんとのコラボレートで製作された、三宅島の新たな特産品である。
 製作に携わる益子焼職人にお話を伺った際、従前の伝統的な製作手法に異質なもの(この場合、三宅島の火山灰)を加えることによって出来上がる、全く新しい品々について、少し興奮気味に説明いただいたのが印象深かった。
 またこの他にも、上の映像の中で紹介したビオトープへの利用など、火山岩・灰を様々に加工した新たなマテリアルの創成も進んでいるらしい。
 帰島した約2,900人の、実に4割近くが高齢者という三宅島。
 その島の産業復興というのが、口で言う程簡単な事ではないぐらい、誰が見てもわかるだろう。
 ただ、そういった目の前にある大きな問題を解決しようと、地元の民間企業や関係者が目標を掲げ、多くの人を(研究者や行政さえも)巻き込みながら実現に努力するということは、大変大きな意味があるのではないかと思う。
 今後とも、三宅島産業再生研究会の活躍に対して島の内外から大きな期待が集まるのは必至と言える。

 

2006年04月27日

楽しみながらする米作り体験!




 自然に任せた不耕起農法。安全な無農薬栽培。そんな理想的な米作りを、生協の首都圏コープの人たちが中心になって行いました。生まれて初めて苗を植える子どもたちと一緒に、楽しみながらする米作り体験!(10min,Sep/2005,by T.Tatsumi)

 

 この日、気温が低かったんで、ちょっと寒いかなあと思ってたんだけどね。
 水を張った田んぼの中が、意外に温かくて気持ちよかったよ。
 基本的に泥遊びとかが好きなもんで、素足で田んぼに入るのなんかは全然気にならない。
 五月晴れだったしね。
 苗を揺らしながら抜けて行く風が何とも格別だった。
 俺こういう作業とか基本的に性に合うんだよな。
 妙に落ち着く。
 子どもの頃、畑で遊んだり、家族総出で田植えしてた場面を思い出したよ。
 今回のレポートは、妙な縁で友達から田植えに誘われ、乞われるままカメラを回し、ボランティアで編集したやつ。
 なので編集はかなりユルイ(^^;)。
 おまけに、テーマもユルユル(^^;)。
 ま、でもそれはそれでいいんじゃないかなーと思ってる。
 たまにはそういう題材だってあっていいんじゃないかと。
 本当は「不耕起とか無農薬じゃあ正直商売成り立たねえよ!」みたいな事を言ってた農家の人を取材すべきなんだけどね。
 楽しそうにはしゃぎ回る、子どもの笑顔に負けました(^^;)。

 

2006年03月22日

火山市民ネット第3回フォーラム東京大会「三宅島の復興を考える」






 2000年の雄山噴火から丸4年。未だ三宅島島民の避難生活が続く中、帰島後の生活や財産保全、産業の復興について、学識経験者、弁護士、全国の被災地域のNPO関係者らがその解決の糸口を探る。(15min+15min,Jan/2005,by T.Tatsumi)

 

 三宅島の全島避難が解除されてすでに1年。
 火山活動も小康状態にはあるが、依然火山性ガスの噴出は続いている。
 高感受性者にとってガスマスクは手放せない。
 道路などのインフラはほぼ整えられたとは言え、酸性雨とガスで木々は立ち枯れし、畑は荒れ、家のトタンには穴があいている。
 それでも島の人達は三宅島の生活にこだわる。
 地道に少しずつ、かつての自分たちの生活を取り戻そうとしている。
 色んな問題を抱えながら決してあきらめない。
 一方で、マスコミはすでに三宅島を「終わった災害」として認識しているのか、メディアが取り上げることもめっきり少なくなった。
 このフォーラムで大町氏や木村氏が懸念していた通りの展開。
 現在の三宅島の抱える様々な問題・・・その多くについて、この記録が示唆している。